網膜炎を患った菱田春草は、療養のため東京、代々木に転居した。半年間は絵筆をとることも叶わなかったが、小康を得ると、静養中に散策していた自宅付近の雑木林を題材にして制作に励んだ。複数存在する《落葉》と題された作品からは、土坡の線や透視図法を用いずに、色づかいと、樹木の配置や落葉の散り具合によって、いかに自然な奥行きを表現するかに腐心していたことが窺える。
締め切りが迫った頃、表具屋から新しい屏風を手に入れ、短期間で描き直して出品した本作は、第三回文展で最高賞を与えられた。春草が短い生涯で到達した境地は、透明な静寂に満たされている。
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